2026-6-22 ココちゃん通信      第1 791号

  

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府下神社めぐり

⛩️29⛩️ 高崎神社

大阪市住之江区南加賀屋4-16

創建270年、天之水分大神を分霊勧請し

  住之江区南加賀屋に鎮座する高崎神社は、大和川の堤防そばの住宅街に位置しています☺️
祭神 天照皇太神 天之水分大神 柿本人丸大神 
  この地の開発者である加賀谷甚兵衛による埋め立て工事が、洪水と高潮によって阻害されたことで、大和川河口に自身の生国の産土神・美具久留御魂神社の天之水分大神を分霊勧請したのが始まりです。江戸時代にあたる1755年(宝暦5)が創建となります😲
  その後天保10年、三代目加賀谷甚兵衛が天照皇太神、柿本人丸大神を合祀して現在地に移転したものです。これ以来開発工事は順調に進みました😲

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黒っぽいアオサギ

<前編>

  大阪市鶴見区、鶴見緑地(花博記念公園)大池でのアオサギです。ですが、このアオサギちょっと変ですね🤔明らかによく見るアオサギよりも黒っぽく見えるのです🙄
  気のせいかと写真撮影したものを見てもやはり黒っぽいのです。後期高齢者のアオサギさん❓😅ん、なことないですよね😅であったにしても、羽毛の色は変わらないと思うのですが、どうなんでしょう

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2026-6-22 ココちゃん通信      第1 791号」に7件のコメントがあります

  1. 大阪のうめ吉様 おはようございます。高崎神社の御祭神に柿本人麻呂が入っているのが面白いですね。人麻呂終焉の地とか歌に詠まれた地とかにあるのをいくつか知っているのですが・・・。もしかして加賀谷甚兵衛さん、和歌が大好きだったのでしょうか。柿本人麻呂は歌聖といわれた方。もしそうだとしたら納得できるのですが・・・。(^_^;)

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    1. asamoyosiさん、おはようございます。いつも有難うございます🙇‍♂️
      甚兵衛さんは、自身が生まれた地の富田林の神社の祭神を勧請したのであって、和歌好きとは関連がないようです
      それを実証するように、高崎神社の創建は江戸時代にあたる1755年です。この時の美具久留御魂神社には柿本公が祭神になっていません😅柿本公が神となったのは、柿本公死後1,000年の1723年(享保8)に霊元上皇の執奏によって正一位の神階と「柿本大明神」のの神号が宣下されたことです🤗
      甚兵衛の生まれ故郷は、富田林市喜志町です。甚兵衛は故郷の美具久留御魂神社の水分神を勧請し高崎神社を造営しました。美具久留御魂神社は規模の大きな神社で、拝殿から本殿までは100段余りの階段を登ります。
      この時にはまだ祭神として祀られていなかったことです☺️
      本殿の後には神体山、頂上付近に4基の古墳があります 社伝によると、崇神天皇の時代の創建で、楠木正成も神領寄進や社殿造営を行ったとあり、楠木正成ゆかりの神社です。1573~1591年の天正年間に秀吉の根来攻めで灰燼に帰すなど、幾つもの歴史の荒波を乗り超えてきています🤗
      勧請元の美具久留御魂神社を語るなら、楠木正成ゆかりの神社ということを考えた方が面白いと思います😅

      いいね: 1人

      1. 柿本人麻呂は正式に神様になっていたのですね。彼が愛宕神社や秋葉神社と同じ火伏せの神様と言われていると聞いたことがあります。理由は「火止まる」だそうで、駄洒落の世界の話と思っていました。😅 和歌や学問の神様と言うなら分かりますが⋯。楠木氏のお膝元の地には「みくまり」即ち水に関する神社が多いように思います。昔から水が貴重な資源だったのでしょうね。

        いろいろ教えていただき、勉強になります。🙏

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  2. 歴史と自然を巡る、実に興味深い旅でした。この保護区には何世紀にもわたる記憶が宿り、あの黒いサギは、発見されるのを待つ美しい好奇心を秘めています。

    敬具

    いいね: 2人

    1. Lincol Martínさん、こんにちは。いつも有難うございます🙇‍♂️
      神社や寺院は、今どき新たにできることがないので、どこもみんな歴史をもっています🤗
      ふつうに見る灰色のアオサギより、明らかに黒っぽいアオサギ、変種なのか、新種なのかを知りたいものです☺️メラニンが多い色素異常による黒化と言われるものかもしれませんがこの場合はどうなのか知りたいです☺️

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