2026-6-6 ココちゃん通信      第1 775号

  

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世界かんがい施設遺産

7⃣ 井川用水 (慈眼院ルート) 前編 

 大阪府泉佐野市上之郷

 世界かんがい施設遺産は、かんがいの歴史・発展を明らかにするとともに、かんがい施設の適切な保全に努めるために、歴史的なかんがい施設を国際かんがい排水委員会(ICID)が認定・登録する制度であり、2014年(平26)に創設されました。登録により、かんがい施設の維持管理に関する理解醸成を図り、かんがい施設を核とした地域づくりに活用されることが期待されています☺️これまでに、国内の56施設が登録されています😲
 世界かんがい施設遺産は、かんがいの歴史・発展を知ってもらい、かんがい施設の適切な保全に資するため、歴史的なかんがい施設を国際かんがい排水委員会が認定・登録する制度です🤗この企画では、大阪府内にある世界かんがい施設遺産を取りあげています😁

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 井川(ゆかわ)用水は、現代に継承される荘園貴族九条家の私有地に築造された「中世かんがいシステム」です😲約800年前から存在するかんがい用水路です🤗
 しかし、水路の築造時期には複数の説があります🤔とは言え、1316年に描かれた村の「⽇根荘⽇根野村荒野開発絵図」を見ると、開墾の様⼦や井川の終着点である⼗⼆⾕池も描かれていることから、既に部分的に水路が活用されていたことがわかります😲
貴族の領地日根野地域は、この当時は荒野が広がり、田地の拡大が重要な課題になっていました🥺
 この水路は、領地の上流を流れる樫井川から取水し、全長約2.9キロメートルを経て最後には、ため池の十二谷(じゅうにたに)池へと流れ込みます🤗
 井川水路ができたことで、この地域の農地面積は飛躍的に拡大しました。取水口からため池までの高低差は約5m。わずかな高低差を活かした灌漑施設の開発は当時の高度な土木技術を示しているとされています🤔(土木技術が高度なものであったについてうめ吉は疑問をもっています。と言うのは、ある程度掘削して桶のようなもので水を入れてみれば、水平器の役目を果たすからです。その水を目安に、水が流れないところは少しづつ掘り下げればいいのです。堀過ぎればため池の水が逆流してくることになります。とにかくこの時代はレベル、トランシットなどの測定機器もなく、人海戦術によって成し遂げられたのですから、人手がかかるなどは度外視です)😅
(うめ吉が小学から中学2年にかけて泥炭湿地の開拓地に入り、暗渠堀をやったことがあります。これとて、掘る勾配が逆になっていれば湿地の水は排水されません。当然ながら、家には測定機器などありません。目だけが頼り。それで水糸を張って掘り進めるのです)
 井川用水は当時の流路をほぼ変えることなく、現在も田地を潤しており、現役の用水路としては国内唯一のものです😲しかも国の史跡に指定されているのです😆中世からの開墾の歴史を知ることができる貴重な遺産になっています☺️

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サギの訪問地

-4- 水田(田んぼ)

大阪府泉佐野市上之郷

サギさんは色々な場所にやってきます☺️河川、ため池、水路、公園の池、田んぼ、湿地などなど…今回は水が張られ、苗が植えられた水田(田んぼ)にやってきたシラサギさん。コサギ、チュウサギです😁

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