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歴史の現場
大阪府柏原市峠
前編 亀の瀬地すべり
大阪-奈良を結ぶも地滑りの危険地帯
数万年前から地すべりを起こしていた危険地帯亀の瀬😲柏原市峠に位置し、大和川に沿って主要な鉄道、道路が通っています😧
江戸時代以前に地すべりの記録はありませんが、1903年(明36)、1931年(昭6)、1967年(昭42)と、明治以降だけで3度も発生しています😲
地すべりは、亀の瀬北のドロコロ火山から噴出した溶岩が、二層になって南下しているのが原因です😧2度の噴火で、風化した粘土層がみられており、地下水を含んだ粘土層がすべり面となっていることです。左岸には大和川断層があって、溶岩層の裾を大和川が浸食していています。こうしたことが原因で地すべりが繰り返されてきたものです😢
明治以降で、最大の地すべりは1931年(昭6)に発生しています。この時は、地すべりが原因となって大和川の河床が9メートル隆起し、河道が完全に閉塞してしまいました😧このため、山系を越えた奈良県王寺町周辺がダム湖のようになり、広範囲に渡って浸水です😖
放置すれば浸水域がさらに広がること、閉塞する土砂が決壊すると、こんどは大阪平野が浸水することになることから開鑿工事がおこなわれました😲
JR関西本線の前身となる大阪鉄道は、1889年(明22)に柏原・湊町(現JR難波)間、1890年(明23)に奈良・王寺間が開通しました☺️ですが、柏原・王寺間は大和川右岸を通るルートで亀の瀬の難所を抜けるトンネルが必要です。
1892年(明25)にトンネル工事が完了、ようやく奈良・湊町間が全通するに至りました☺️ですが、1931年(昭6)の地すべりで亀の瀬トンネルが破壊されました。復旧を試みるも通行不能となり、トンネルは放棄され、線路は大和川対岸へ移りました。トンネルの位置はわからなくなっていましたが、平成20年の工事でトンネルの一部が発見され、昭和6~7年の地すべりで崩壊した明治25年のトンネルの一部であることが確認されています😲
地すべりが発生した場合、現在では奈良盆地や大阪平野が水没し、被害額は4.5兆円にものぼります😲これまでの60年近くで850億円以上の費用を投じ、現在もなお地すべり対策工事が続けられています😧










WoW… this is both beautiful and a little scary.
I had no idea the area between Osaka and Nara carried so much history under its feet. The story of the old tunnel from the Osaka Railway being lost and then rediscovered gave me chills. Nature really has the final say.
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What a fascinating and richly detailed look into history and geology! Your account of the recurring landslides at 亀の瀬 in 柏原市 brings the story of the region vividly to life, especially how the forces beneath the earth shaped both landscape and human infrastructure. The connection you draw between natural processes, the engineering struggles along the 大和川, and the fate of early rail lines like 大阪鉄道 makes this not just informative but truly engaging.
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