ココちゃん通信24-12-27(1)(2)(3)

2024年12月27日 第1261号 (1)(2)(3)

【1面】

―1563―

大坂夏の陣で秀頼と自害

大阪市北区太融寺町3-7      
太融寺境内    

1569(永禄12)年-1615( 慶長20)年、戦国時代から江戸時代初頭かけての豊臣秀吉の妻 😊側室または複数の正室の一人。本名は浅井茶々(ちゃちゃ)および浅井 菊子(あざい きくこ)。浅井三姉妹の長女。

近江大名・浅井長政と織田信長の妹・市の間に生まれました 🥰同母妹に初(常高院、京極高次正室)と江(崇源院、徳川秀忠正室)がいます。父は信長と対立し敗死、母の再婚相手の柴田勝家も豊臣秀吉に敗れ市・勝家は自害しました。その後三姉妹は秀吉の庇護を受け長女の淀殿はその妻の一人となりました 🥰秀吉の死後、幼い秀頼の

本名は三姉妹の長女、浅井ちゃちゃ

【2面】

幼い秀頼の後見になるが

後見として大坂城に住みましたが、大坂夏の陣に敗れ秀頼とともに自害しました 😭   

【3面】

ココちゃん通信24-12-27(1)(2)(3)」に2件のコメントがあります

  1. 豊臣から徳川への政権交代。権謀術数が渦巻くなかで滅んで行った豊臣家。大阪に住んでいたからと言うのではなく、哀史として捉えてしまいます。そうそう、高野山には秀頼と淀君の五輪塔があるのですよ。それも崩れかけた状態で・・・。ブログにも載せたのですが、見つけたときはまさに絶句。つい最近補修されたのですが、それを見て複雑な気持ちになっています。人間の感情って複雑なものですね。😊💦

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    1. asamoyosiさん、おはようございます。いつも有り難うございます🙇‍♂️こちらは大坂城の豊臣秀吉、向こうは徳川。それで国を統治してきたのに、徳川のやったことは乱暴極まりない軍事介入にほかならないものです🤬どんな名目をつけようと徳川に大儀などありません🤬現在の、ロシアがやっているウクライナへの軍事攻撃と何ら変わるものがありません😡しかも、核兵器使用をチラつかせる脅しのやり方です😏先の人生を失くした淀君と秀頼が哀れでなりません😭
      ひとたび軍事力を行使すれば、計り知れない悲劇がおきます😬こうしたことを考えるならば、現代においても、軍事力増強の政策など打ち出せないはずです😡

      いいね: 1人

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