ココちゃん通信
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編集長
ココちゃん
1000本超え記事取材
赤旗通信員として
走り回った日々
第1回
うめ吉は、北海道在住時30代で日本共産党に入党しました。この時上湧別(かみゆうべつ)町が居住地です。ですが「赤旗」には地元「上湧別」の記事が全く載りません。こうしたことから、当時も含め、親族を読者対象とした家族新聞づくりをしている経験を生かすべく、間もなく「赤旗」通信員に登録しました。
上湧別町は人口6000人ほどの過疎の町です。わかりやすく言えば、オホーツク海やサロマ湖まで5キロくらいしかない網走に近い網走管内(今のオホーツク管内)の町です。国道に沿って細長い感じの町で、面積は161,39平方キロメートル、直線的には22キロメートルです。
そんな町ですから、大事故や大災害といえるものもありません。通信員登録をしたのは、今の「しんぶん赤旗」の紙名ではなく、ただ単に「赤旗」としていた時代です。
初めて取材し、送稿した記事は、日照り続きでビート(グラニュー糖の原料となる根菜)など、主要作物が枯れかかっているところに降った雨をとらえ、「日照り続きに恵みの雨」として書いた記事です。これが北海道地方版に2段見出しで掲載されました。農協、役場産業課、農業改良普及所をまわり、網走地方気象台にも確認して記事にしたものです。上湧別町始まって以来の赤旗の地元記事です。
当時はカメラもフイルムの時代です。取材後、記事を書き、生フイルムを添えてバック便で送りました。バッグ便というのは、当時の国鉄の急行が止まる駅でのみ扱うものです。一般的な貨物や手荷物と異なり、車掌が直接持っていくものです。
午後8時までに駅に持っていけば翌朝札幌駅に着き、駅から宛先の赤旗北海道総局に電話で知らされ、総局記者が受け取りに出向きます。北海道総局でフイルムを現像し、プリントして写真電送機で東京の赤旗編集局に送られます。記事はファクシミリで電送です。
北海道で10本以上地方版トップ
こうしたことから、紙面に載るのは最短でも取材した日の翌々日になります。この記事をスタートラインとして、この後多くの取材・送稿が続きます。上湧別町だけの5年間で1000本を超す記事を送っています。
北海道では、最大部数を誇る北海道新聞に載る「北見・紋別・網走地方版」の「上湧別」の記事より圧倒的に多い記事を紙面に載せてきました。
5年連続5回、通信員賞受賞
こうしたことにとどまらず、「上湧別」の5年間で連続5回、通信員賞を受賞しました。ちなみに、5年間で連続5回の受賞は全国で2人だけでした。

大阪のうめ吉様 いつもありがとうございます。
すごい経歴ですね。👏👏👏
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asamoyosiさん、こんばんは。いつも有り難うございます🙇♂️
昔話です😅党を離れてもう40年になります😆大阪に来てから党支部長になったのですが、それがなければ続いていたかもしれません🙄
上級機関である地区委員会の支部担当が「活動しない同志がいるのは指導が悪いから」と言われブッチキレてやめたのです🤬自分らでもできないことを下に押しつけることです😬
夜遅くまで仕事をしている個人事業者、身体しょうがい者、そんなひとたち、活動できるはずがありません😫その時、文書類を持って家に来たのですが、その文書類を地面に叩きつけてやりました🤬🤬
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うめ吉様のお気持ち、よくわかります。鉄壁の組織も良いですが、ごちゃごちゃとしていても、もっと自由で暖かい方が私は好きです。政治は信者を多く集めるほど救われるといった宗教のようなものではないと思いますので・・・。😅
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