ココちゃん通信24-08-06(1)

2024年8月6日  第1118号 (1)

【1面】

―1377―    

巡り来た39年目のあの日 

520人殺害、政府・自衛隊 

相模湾上空で緊急事態 

またやってきた8月12日、39年目のあの日です。この日、大阪行日航123便は午後6時12分満席で羽田空港を離陸しました。千葉県木更津の館山上空から相模湾を上昇。高度24000分フィート(7300m)に達しようとしていました。その時、コックピットに「ドーン」という音が響きました。三人の乗員は身構え、眼前の計器、警報灯に目を向けます。7秒後に緊急信号スコーク7700を発しています。所沢の東京航空交通管制部のレーダーがこれをとらえます。警報音が鳴り緊急事態の文字が点滅しました。123便のコックピット正面にならぶ四つの油圧警報灯が全てオレンジ色の点灯です。油圧低下を示しています。四つ全ての油圧低下などあり得ない事が起きたのです。                           

                              

 緊急発進の自衛隊機強制

機長は、羽田空港に引き返す決断。東京航空交通管制部に「緊急事態発生羽田へ引き返したいと。管制官から大島に向け九十度(東)の指示が出ます。     
 ですが、通常の傾きが保持出来ません。傾きが増して、必死に操縦桿を左に使うも回復しません。操縦桿が効かないなど経験したことがないことです。当然のことです。垂直尾翼がほとんどなくなっていたのです            

このあたりから、123便は山梨県大月市上空から米軍基地のある横田管制区に入ります。123便は横田基地への緊急着陸を求め了解を得ます。ところが123便は米軍管制官の意に反し、東に向かったのです。スコーク7700の発信で緊急発進した自衛隊機の指揮下に入り、F4EJファントム2機が横田とは真逆の山岳地帯に誘導です。

コメントを残す

大阪のうめ吉をもっと見る

今すぐ購読し、続きを読んで、すべてのアーカイブにアクセスしましょう。

続きを読む