大阪のうめ吉おおさか撮り歩

ー945ー 歴史の人物像

中甚兵衛

 大阪府柏原市安堂 

雨のたびに洪水を引き起こす、大和川の付け替えに尽力した人物です😲🤗

河内平野(大阪平野)を幾筋にも分かれて淀川に注いでいた大和川。雨のたびに流域は洪水に見舞われていました😭
ある年3年連続で河内平野すべてが泥海と化す大洪水です。幕府は専門家を派遣し工事を行いました。しかし、河口は水はけがよくなったものの大和川そのものが田畑より3mも高い天井川になってしまいました。それでも幕府は付け替え不要の姿勢を崩しませんでした🤬

中甚兵衛

付け替えを望む要望ができなくなり、運動の規模もどんどん縮小してしまいます😫
そんな中で、付け替え促進派の中心にあった農民の中甚兵衛が同志2人とともに要望を続けました。しかし、同志ふたりが引退や亡くなったりして中甚兵衛ひとりになってしまいます😭

中甚兵衛

しかし、それにもめげず中甚兵衛は、幕府に工事計画を具申し続けました。そしてついにその力量と情熱が認められたのです😄😄
自らも工事に加わりました。付け替え完了時、甚兵衛は66歳でした🙇‍♂️
付け替え完成は、元禄が宝永に改元された1704年です。大規模工事でもあるにもかかわらずわずか8カ月で完成したのです。相当な人力を投入したことがわかります😲🤗
しかし、工事が実現するまでに50年の歳月を要したのです。この工事によって、無くなった田畑もありますが、多くの代替え新田が誕生しました😄😄😄

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