大阪のうめ吉おおさか撮り歩記

ー600ー 大阪の橋   🌉38🌉
千本松大橋 汐見橋

千本松大橋

大阪府道5号大阪港八尾線の、大阪市大正区南恩加島3丁目~大阪市西成区南津守2丁目間の木津川に架かる橋です😲
大阪市の管理で、1973年(昭和48年)に架設😃
 
大橋の形状をメガネに見立てていることから、地元ではめがね橋の愛称で呼ばれています🤗
「千本松大橋」の名称は、江戸時代に木津川堤防に沿って多くの松が植えられていたことに由来しています😲


千本松大橋

車道と歩道があり、自動車・歩行者ともに通行できます😃
木津川の両岸には工業地帯や造船所が広がり、大型船が頻繁に航行していた。そのため、船の運航に考慮して通常の橋が架橋できませんでした😫

それまで車は上流の橋まで大きく迂回しなければならず、特に大正区南部の住民には交通面での不便を生じていました。交通の便を改善する目的で、桁下の高さを高くとったループ橋・千本松大橋が建設されました😲

橋が完成した年、第一次オイルショック、著しい景気の悪化などで、両岸にあった大型船を建造する造船所は一気に衰退したうえ、その他の工場でも規模を縮小したため、橋の完成と同時に航路高が33 mも必要とする大型船の航行はなくなってしまいました😭



千本松大橋

この地には従来から木津川を渡る千本松渡船場があり、大正区 – 西成区間相互での歩行者や自転車の移動に利用されてきた。渡船を管理・運営する大阪市は千本松大橋の開設に伴い、当初は千本松渡船場を廃止する計画でした🤔🤔

ですが、「橋ができても、高さ36 m(ビル12階の高さに相当する)、総延長1.2 kmの橋、歩行者や自転車にとっては所要時間・体力面ともに大変になる」😫😫などとして、渡船場の存続を求める住民の声が高まり、住民の声を反映し大阪市は当初の渡船場廃止計画を撤回。千本松渡船場は現在に至るまで存続されています🤗

 

形式  鋼鈑桁橋
完成 1963年3月😊
3径間連続鋼床版箱桁  
鋼製   
橋長323.5 m  
高さ323.5 m 
最大支間長150 m
両端部2階式のループ橋
両端部の2階式螺旋状坂路(720度ループ)を含め道路長は1228 m😍

汐見橋

汐見橋
橋長:45.5m
幅員:32.0m
形式:桁橋(連続桁)
完成:昭和39年
行政区:西区、浪速区
河川名:道頓堀川😊




汐見橋

道頓堀川の上流の沿岸部は早くから開けたが、西道頓堀沿岸の本格的な開発の開始は1698(元禄11)年に始まります😲
南北堀江の開発を機会に、住吉橋、幸橋、汐見橋、日吉橋の4橋が架けられた。西道頓堀川の上流部には銅吹屋が多く、土佐や薩摩などからの入港する船の荷上場となっていました😋
汐見橋はこの場所で潮の干満が観察できるためこの名が付けられたとされます😃

 



汐見橋

別名を唐金橋(とうがねばし)というが、この由来としては南側に唐金屋という掛屋があり、この人が橋を架けたという話が伝えられています😅
1925(大正14)年 第1次都市計画事業によって幅員9.3メートルの三径間鋼鈑桁橋に😲
1964(昭和39)年 幅員32メートルの橋になり、三径間連続合成桁という新形式の構造が用いられました🤗

 

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