大阪のうめ吉おおさか撮り歩記

ー124ー 四天王寺

五重塔


大阪市天王寺区四天王寺1-11-18

天王寺区は、大阪市内でも特に寺院が多い区ですが、中でも四天王寺は代表的な寺院であり、観光の対象にもなっています😁😁

四天王寺、593年(推古天皇元年)建立
1400年以上前です😲
物部守屋・蘇我馬子合戦の折り、崇仏派蘇我氏の聖徳太子が形勢不利打開のため、自ら四天王像を彫り、戦いに勝利したら、四天王を安置する寺院を建立しこの世の全ての人々を救済と誓願。勝利の後誓いを果すために建立されたものです😲😲

総面積   約11万㎡
創建当時の品々約500点ほどを集めた国宝・重要文化財所蔵の宝物館があります

極楽殿

「四天王寺式伽藍配置」といわれ、南から北へ中門、五重塔、金堂、講堂を一直線に並べ、回廊が囲む形式をとった日本最古の建築様式です

東大門

1934(昭9)年、近畿全域を襲った室戸台風により五重塔は倒壊、金堂は傾斜破損、中門は壊滅するなど、境内に甚大な被害を及ぼしています

六時堂と石舞台

1940年に五重塔が再建されたもの、1945年かつての大戦、大阪大空襲で六時堂、五智光院、本坊方丈など北の一部の建物を残しただけで灰になりました。自然災害ではなく、人為的なものです😒😒

五重塔
戦後間もなく、天台宗から独立し、和宗を創立。四天王寺はその総本山として、仏法興隆と太子精神の高揚を本願とする寺になりました🥰🥰

南鐘堂

1963(昭38)年に伽藍、1979年の聖霊院奥殿・絵堂・経堂再建に続き、他の建物も次々再建されました。
現在はほとんどかつての姿になっています

鏡池

境内にある池、丸池とも呼ばれています (夏に撮影)😀😀

五重塔

戦火や災害に見舞われ、多くが焼失しましたが、現在の建物は創建された飛鳥時代の様式を忠実に再現しています。古代建築様式が残る四天王寺です
 飛鳥時代そのままであれば、すべてが国宝指定でしようが、再建されたものだけに、国宝指定は一部の古文書のみにとどまっています🤔🤔

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

%s と連携中

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。