最終的、米抱き込み「事故」に

2022年8月14日  第403号

ココちゃん通信

発行人      

大阪のうめ吉     

2022年       

8月14日    

第403号     

編集・ココちゃん   

最終的、米抱き込み「事故」に

国家ぐるみの日航123便事件

自衛隊が引き起こした事故が隠蔽の為に、次々と工作を重ね、果ては火炎放射で殺害の可能性にまでなったこの事件。最終的に、当時の中曽根政権は米を抱き込み結託し、以前の尻もち事故による整備不良が原因となって隔壁破壊が起きたストーリーを作り上げました。これでは、民間人撮影の垂直尾翼のない123便の写真との矛盾。非番で乗客となり、助かった一人の落合由美さんの手記とも矛盾するものです。相模湾で海上保安庁が問題の垂直尾翼を発見できずに終了。これも出来過ぎたストーリーです。垂直尾翼は回収されていたのです。

垂直尾翼発見なく?捜索終了   

が…垂直尾翼は回収されていた       

御巣鷹山尾根での日航123便の残骸(Wikipediaから) 

国、事故調一体隠蔽ストーリー   

日航123便      
悪魔の所業  ★後編★ 

当時は中曽根康弘政権。米のレーガン大統領が、大使館を通じた中曽根首相への親書で、外務省職員が「事件」と記しているのです。    

これは、外務省の公文書所蔵類から発見されたものです。外務省職員が事故ではなく、事件としていることは外務省の認識を証明したもので、事件の2日後のことです。                   

事故調が報告書発表するまでの課程でおこなわれた聴聞会では、国立大学の名誉教授が「旋回して海に出ていたら被害は軽微だったはず」としています。JALの副操縦士や、乗員組合副委員長、組合関係の3人は「酸素マスクを着けた形跡がない。意識を失った様子もない。圧力隔壁損傷ではない」と主張しています。                  
 本来このような大事故なのですから、回収残骸は保存して当然。にもかかわらず、00年8月にはすべて廃棄されていることが毎日新聞によって明らかにされています。マイクロフィルム化してあるからとしていますか。マイクロフィルムなどは信用できません。現物を廃棄したことは証拠品をなくしてしまったことです。                 
 遺族が求めている、ボイス・フライトレコーダーの現物開示にも日航は応じていません。「調査以外では」を理由にしていますが、国の圧力であることに疑問の余地などありません。聴聞会で指摘されたように、海に向かえば人的被害も少なくてすんだはず。乗務員もその前提で救命胴衣を着用させていたのです。しかし、ファントム2機の誘導があってそれができなかったということ。           

123便は、証拠が残らないよう自衛隊機によって強制的に山岳地帯に誘導したということなのです。山岳地帯ではその後の隠蔽工作もやりやすい側面があったことです。                   

現場での遺体は、黒焦げで炭化したものがあったといいます。捜索で到着した消防団の人たちが、航空燃料と異なる臭いが充満していたと証言しています。                     
 航空燃料は灯油に近いものです。樹木が燃えた火も自然鎮火しているのに、人が炭化していたなどおかしなことです。         

こうしたことからすれば、自衛隊が火炎放射器を使って焼き殺した事が容易に察せられるものです。                   

燃料も、同機が積んでいたのは約3時間15分分です。満タンではありません。さらに燃料は機体のバランスをとるため、両翼の下につまれていることです。             

回収できていないはずの垂直尾翼が回収され、関係者が倉庫のような場所におかれた垂直尾翼をフラッシュが使用できない状況で撮影されていることからしても、徹底的に隠さなければならないことが見て取れます。

ココちゃんです。        
 大泉緑地の池畔にトラネコちゃんもいたワン。昨日書き忘れたけど同じ場所なんだワン 😂 😁 😁         

                 

 みなさん、今日も一日元気で頑張りましようね=大阪府堺市 大泉緑地 撮影・ザウルスちゃん

みなさん        

おはようございます うめ吉 

この欄はココちゃんの担当です 

道しるべ   日航機123便の墜落事件で、事件後にACⅭやAPCとの交信記録が、カセットテープに録音されマスコミに流出★このテープは、流出ではなく、政府が意図的にリークしたとみるのが正解です。政府は後世に渡ってこの事件を航空機事故として国民に記憶させるための策であると言えます★そんな意図をもったテープですから、核心部分はカットされています。全く信用するに足らないものです。それをどこかから流出したとして交信記録として取り上げるメディアもメディアです★事件当時、時の中曽根首相は、日航123便が消息を絶った発表することを抑え込んでいるのです。「日航の発表を抑えて国の発表にする」「私が合図するまでは発表はならぬ」としているのです。こんなことに屈服した日航も日航。国民を見方につければ突破できたはずです。

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